« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »

2013年9月30日 (月)

いなほ7号(E653系)に乗車

9月28日にJR東日本でダイヤ改正が行われました。ダイヤ改正と言っても、全社的な改正ではないようで、新幹線と新潟支社、東北地方各支社のようです。

Dscn8716_640

新潟駅構内に掲示してあるダイヤ改正のお知らせです。特急「いなほ」1往復をE653系で運転することを強調しているように見えます。E653系は、平成9年以来、常磐線特急「フレッシュひたち」で使用されていましたが、本年3月で、定期運用が終了したため、新潟地区に転属になったようです。

Dscn8718_640

新潟駅付近は、高架化工事が進行途上です。これもダイヤ改正が必要になる要素です。この場所は、嘗て5・6・7番線ホームがありましたが、すでに撤去されています。この場所から高架化が進められるのでしょう。将来的には、上越新幹線と特急「いなほ」を同一ホームで乗り換え可能にすることも考慮されているようです。

Dscn8802_640

工事の進捗により、4番線の地下通路も閉鎖されるようです。

Dscn8747_640

新潟車両センター(新ニイ)内の画像です。この時点では、「いなほ8号」が運転中(新潟駅到着前)のため、少なくても2編成が改造されていることがわかります(3編成並んでいるE653系の中央の編成が改造車)。

Dscn8766_640

特急「いなほ」(485系)の画像です。

特急「いなほ」は、昭和44年10月から上野駅と秋田駅を、上越線・羽越本線(水原)経由で運転されました。当初は、羽越本線内に非電化区間があった関係でキハ80系気動車で運転されました。当時は、「いなほ」の間合い運用で特急「ひたち」も気動車で運転されていました。羽越本線全線電化となった昭和47年以降、485系で運転されるようになりました。上野-青森間の運転もありましたが、昭和57年11月15日の上越新幹線開業に伴うダイヤ改正により、新潟駅発着を基本とする運用になりました。

平成13年3月から、特急「白鳥」の廃止により、在来線で最長の定期昼行特急列車(新潟-青森)になりましたが、平成22年12月4日以降、秋田-青森間は、特急「つがる」に系統分離された関係で、在来線最長定期昼行特急の座を「しなの」(大阪-長野)に明け渡しています。

今回、「いなほ」をE653系で運転することにより、485系の牙城が崩れましたが、常磐線特急車両の余剰活用と、首都圏・新潟から庄内地区までの鉄道のシェアを維持するためのてこ入れ策という側面もあるようです(平成3年の庄内空港の開業以降、首都圏からの利用者の一部が航空機利用に切り替えています)。

Dscn8834_640

秋田駅からの「いなほ8号」到着を前にして、新潟駅社員が横断幕を掲げていました。

Dscn8842_640

E653系の「いなほ8号」が新潟駅に到着します。

Dscn8900_640

新ニイへ引き上げる直前のE653系U-102編成です。

Dscn8935_640

15時少し過ぎに、新潟駅に再度行くと、出発セレモニーがまさに始まろうとしているところでした。

Dscn8942_640

出発セレモニーが始まりました。現在挨拶をしているのは、JR東日本執行役員新潟支社長のようです。

Dscn8951_640

折り返し「いなほ7号」となる、回2007Mが15時20分に、2番線に入線しました。

Dscn8954_640

1号車はクロE652-1001でした(新ニイU-101編成)。「いなほ8号」とは異なる編成を使用しました。

Dscn8981_640

出発時には、「いなほ8号」到着時とは異なる横断幕を持って、見送りが行われました。

Dscn8994_640

関係者等に見送られ、「いなほ7号」は、15時33分30秒(ダイヤ上の時刻)に新潟駅を発車しました。

Dscn9001_640

1号車のディスプレイの画像です。Series E653の部分は常磐線で使用されていたときと同じと思われます。

Dscn9002_640

このようにして、車内アナウンスを録音している人もいたようです。なお、チャイム音は常磐線で使用されてきたものと同じです。

Dscn9112_640

1号車のクロE652-1001です(平成9年日立製作所製造)。E653系には当初はグリーン車がありませんでした。「いなほ」に転用するに当たり、グリーン席を設置するように改造しました(平成25年郡山総合車両センター改造)。

Dscn9000_640

1号車の車内です。運転席側から1~6番になっています。2人掛けがAB席で、1人掛けがC席です。羽越本線内で海を見るのは、A席が見やすいということになります。

Dscn9072_640

グリーン席は、改造前の普通席2席分を1席で使用しているようです。画像の赤の矢印の部分は、かつての席番が表示されていたと思われる痕があります。

Dscn8973_640

グリーン席2人掛けの画像です。撮影用にB席をリクライニングさせ、テーブルを出しています。前の席とは明確な仕切りをつけているため、引き出し式のテーブルはありません。フットレストも省略されています。枕部分は上下に可動できるようになっています(A席とB席で高さを変えてあります)。

Dscn9030_640

座席の矢印の先ある黒い部分は、コンセントです。今回、グリーン席から電源供給を可能にするように改造されたようです。

Dscn9028_640

グリーン席1人掛けの画像ですが、赤矢印の部分はリクライニングレバーで、青色の矢印の部分は、コンセントです。

Dscn9020_640

グリーン席の後ろにあるミニラウンジ(海側)の画像です。

Dscn9025_640

別角度からの画像です。羽越本線沿線に関するパンフレットが数種類用意されているようです。

Dscn9024_640

グリーン席の後ろにあるミニラウンジ(山側)の画像です。

Dscn9007_640

2~7号車は普通車です。「フレッシュひたち」で使用されていたときと同一の座席が使用されているようです。なお、座席番号は1号車側から1番で、海側がAB席となっています(2~7号車すべてに共通)。

Dscn9064_640

普通車のリクライニングレバーの画像です。背中の部分と布団の部分と2つレバーがあり、これらを使用することにより、シートピッチの狭さをカバーできるようになっているようです。黒い色が剥げているのが使い古した車両を象徴しているようです。

Dscn9051_640

村上駅を過ぎると、新潟支社社員が乗車記念証を配布しました。

Dscn9077_640

乗車記念証の表面の画像です。

Dscn9078_640

乗車記念証の裏面の画像です。

なお「いなほ号」では、基本的に車内販売員が乗車しますが、以下の列車では乗車しませんのでご注意ください。

3・9・11・13号(下り)・2・4・6・12号(上り)

Dscn9106_640

秋田駅3番線に到着した「いなほ7号」です。(左側の)4番線には「つがる7号」(E751系)が発車するところです。車体形状に類似のあるE653系とE751系が定期列車同士でならぶのは初めてのことです。

E653系の7両編成は順次「いなほ」用に改造され、来年夏頃までには揃うようです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年9月28日 (土)

宗谷本線臨時快速列車(上り)に乗車

宗谷本線臨時快速(下り)列車に乗車した翌日に上りの臨時快速に乗車しました。

Dscn8850_640

画像は、稚内駅舎です(東側から撮影)。道の駅としても利用されているようで、列車よりもバスで来る人が多いようです。

Dscn8852_640

稚内駅で臨時快速の改札を待っている人々です。私は来るのが遅かったため、結構後の方に並ぶことになりました。

Dscn8855_640

臨時快速9462Dとなる列車がすでに入線していました。(回9459D)稚内入線時刻は13時24分です。

Dscn8866_640

駅のスロープから見た9462Dです。日本最北端の駅の碑も見えます。

Dscn8861_640

発車を待つ9462Dです。稚内発車時刻は13時42分です。

Dscn8874_640

稚内駅発車直後の画像です。出発信号機はありません。遠くの方でこちらに向かって撮影している人が見えます。

Dscn8881_640

道道106号線と並行しているようです。地域柄、ローマ字表記のほか、キリル文字の表記も見えます。

Dscn8884_640

南稚内駅に到着します(13時45分45秒)。上り列車でも1番線に到着しますが、列車の行き違いがない場合は2番線が使用されることはないようです。

Dscn8887_640

南稚内-抜海間の車窓です。前日は利尻富士を見ることができましたが、この日は曇っていたため見ることはできませんでした。

Dscn8895_640

抜海駅は日本最北の無人駅です。年季の入った駅舎に見えますが、開業時(大正13年)のものを今でも使用しているようです。

Dscn8896_640

抜海-勇知間ではこのような風景を見ることができます。

Dscn8900_640

兜沼(かぶとぬま)駅を通過します(15時11分30秒)。

Dscn8911_640

豊富-下沼間でもこのような風景を見ることができます。このような場所で牛が道路に出てくることがあるものと思われますが大丈夫なのでしょうか?

Dscn8917_640

幌延駅に到着します(14時39分15秒)。かつて、羽幌線が分岐していた駅です。

Dscn8927_640

雄信内駅を通過します(14時54分45秒)。4329Dが通過待ちをしています。

Dscn8933_640

このあたりから右側に天塩川と並行します。

Dscn8938_640

車内の画像です(天塩中川駅到着少し前)。混んでいるとまではいえませんが、それなりの乗車率のようです。

Dscn8965_640

まもなく、音威子府駅に到着します。1番線に4335D(音威子府駅まで4331D)が停車しています。

Dscn8982_640

豊清水駅を通過します(15時56分30秒)。向こうに見えるのは、下り臨時快速9461Dです(9461Dは運転停車)。

Dscn9027_640

名寄駅に到着しました(16時34分15秒)。名寄駅で運転士は交代します。乗客も増えてきますが、混雑しているというほどではありません。

Dscn9032_640

名寄駅を発車しました(16時35分45秒)。柵の向こう側はかつて0番線ホームがあり、平成7年まで深名線の列車が発着していました。

Dscn9063_640

塩狩(しおかり)駅に到着します(17時23分30秒)。この駅で運転停車します。

Dscn9064_640

塩狩峠の碑です。塩狩峠は小説にもなった有名な場所のようです。すぐ隣に長野政雄顕彰碑があります。

Dscn9072_640

名寄行き329Dが到着します。

Dscn9115_640

永山駅でも運転停車します(17時44分15秒着)。

Dscn9123_640

北旭川を通過します(17時48分15秒)。宗谷本線の線路を挟んで反対側に旭川運転所があります。

Dscn9129_640

このあたりから、複線電化区間になります。

Dscn9155_640

旭川駅場内信号機が見えます。7番線に到着するようです。

Dscn9168_640

旭川駅に到着します(17時55分15秒)。

Dscn9170_640

旭川到着後にサボを外すと、学園都市線の表示が見えました。

Dscn9185_640

このあと、18時02分に回9463Dとして、旭川運転所に回送されました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月21日 (土)

秋田デスティネーションキャンペーンの乗車券袋

JRグループでは、10月1日から秋田県と連携した観光キャンペーン「秋田デスティネーションキャンペーン」を開催します。

それに伴い、多くの観光客を秋田地区に呼び込もうといろいろなイベントの実施や臨時列車の運転も計画されているようです。

秋田デスティネーションキャンペーンに関し、秋田地区を目的とする乗車券類をJRの主な駅の窓口で購入すると、専用の乗車券袋が配布されます。

Dscn0317_640

画像が専用の乗車券袋です。上側半分がキリンのドリンク引換券になっています。

キャンペーン期間中に以下の駅にあるKIOSKかNEWSDAYSに半券を渡すことにより、キリンの午後の紅茶(ストレートティーかミルクティー)345mlが1本無料でもらえます。

秋田駅、大曲駅、角館駅、田沢湖駅、羽後本荘駅、男鹿駅、能代駅、東能代駅、大館駅、鹿角花輪駅、横手駅、湯沢駅

なお、駅の窓口で配布される乗車券袋ですが、キャンペーンのプレス発表によると、JR東日本エリアでは「びゅうプラザ」「提携販売店」等で、旅行商品等を購入された方のみ対象となります。そのため、JR東日本の窓口でキャンペーン期間中に有効な乗車券類を購入しても(旅行商品を除く)、専用乗車券袋は配布されないことになります。

なぜ、JR東日本のみこのような取り扱いになっているのかは不明です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月15日 (日)

宗谷本線臨時快速列車(下り)に乗車

先月、宗谷本線の臨時快速列車に乗車しました。

JR北海道では7月に発生した183系特急列車のエンジントラブルにより、同型のエンジンを使用している車両を運休させています。そのため、特急「サロベツ」1往復の運転ができないため、8月から代替列車を快速列車として設定しました。札幌-稚内間直通運転ではなく、一般車しか充当できないため、快速の設定にしたものと思われます。

Dscn9202_640

宗谷本線の起点であるJR旭川駅です。北海道旅客鉄道旭川支社の中心駅で、日本最北の有人高架駅および自動改札設置駅(Kitacaなどの鉄道系ICカードは非対応)です。現在の新駅舎は平成23年11月23日に完成しました(高架化は平成22年10月)。

Dscn9635_640

臨時快速は、旭川駅7番線ホームから14時05分に発車します。

Dscn9637_640

専用の乗車口も設置されていました。

Dscn9645_640

発車30分くらい前ですが、多少の列ができていました。旭川駅13時20分着の「スーパーカムイ17号」到着以降から、列が増えてきたように感じます。

Dscn9652_640

13時39分に列車が到着します(回9460D)。この列車が、折り返し稚内行臨時快速(9461D)になります。

Dscn9657_640

旭川駅7番線ホームで発車を待つ、9461Dです。

当日の編成は以下のとおりです。

↑稚内

キハ40 1824(昭和57年新潟鐵工所製造)

キハ40 1720(昭和56年富士重工製造)

↓旭川

Dscn9658_640

専用横サボも用意されていました。

Dscn9667_640

9461Dは14時05分に旭川駅7番線ホームを発車しました。窓を開けて撮影していますが、列車に冷房装置はついていません。

Dscn9669_640

発車するとすぐに、富良野線の線路が分かれていくのが見えます(赤矢印の部分)。

Dscn9671_640

旭川四条(あさひかわよじょう)駅を通過します。宗谷本線らしからぬ(?)、複線電化区間になっています。

Dscn9679_640

新旭川駅を通過します(14時09分45秒)。石北本線との分岐駅です。

Dscn9681_640

新旭川駅を通過したすぐあとに石北本線と分かれていきます(赤矢印の部分)。

Dscn9688_640

北旭川場内信号機が見えます(14時12分45秒通過)。この近辺までが宗谷本線の複線電化区間です。

Dscn9697_640

旭川運転所(旭アサ)の脇を通過しています。画像に見える車両は「旭山動物園号」の専用車両です。

Rimg0_054_640

平成17年撮影の旭川運転所跡(移転は平成15年)です。比較のために掲載しました。この当時の旭川運転所は旭川駅構内にありました。

Dscn9705_640

永山駅に到着です(14時15分30秒)。しかし運転停車のため、乗車・下車はできません。駅の改札も乗客が通ることを前提としていません。なお、永山駅から閉塞方式が変わるため、車載器の設定および確認のため運転停車するようです。

Dscn9707_640

永山駅発車直後の画像です。このあたりまでは割に人家があり、旭川の都市圏を形成しているようです。旭川から永山発着の列車が何本か設定されているのもわかるような気がします。

Dscn9710_640

比布(ぴっぷ)駅を通過します(14時24分)。かつては家庭用磁石入り絆創膏のCMで有名な駅でした。

Dscn9711_640

比布駅は、平成12年の宗谷本線高速化の際に1線スルー方式に変更しました。

Dscn9713_640_2

蘭留(らんる)駅を通過します(14時28分30秒)。線路の配線は、比布駅と同様、宗谷本線高速化の際に1線スルー方式に変更しました。

Dscn9725_640

和寒(わっさむ)駅に到着(14時41分45秒)します。特急サロベツが運転していたときには、旭川駅を発車してから最初の停車駅でした。

Dscn9729_640

東六線(ひがしろくせん)駅を通過します。これが駅とはすぐには気がつかないような設備です。

Dscn9731_640

剣淵(けんぶち)駅を通過します(14時49分45秒)。この駅も1線スルー化されています。

Dscn9744_640

士別(しべつ)駅に到着します(14時56分30秒)。旭川行き快速「なよろ8号」(3326D)が到着するのが見えます(キハ40単行)。

Dscn9748_640

風連駅を通過します(15時08分30秒)。この駅も1線スルー化されているため、駅にもかかわらず右側の線路を通過しています(2番線側が1線スルー化されているため)。

Dscn9753_640

キマロキ編成が見えると、まもなく名寄(なよろ)駅に到着します(15時15分)。

Dscn9758_640

名寄駅は、かつて鉄道の要衝とされてきた駅でしたが、平成元年に名寄本線が、平成7年に深名線が廃止されましたので、ローカル線の途中駅という感じになっています。この駅を境に普通列車は一部を除き、乗り換えが発生します。名寄駅以北は宗谷北線運輸営業所の管轄になっています。

Dscn9760_640

名寄駅を出発します。運転士も旭川運転所所属から、宗谷北線運輸営業所所属の運転士に交代しました。

Dscn9766_640

日進(にっしん)駅を通過します。なお、川越線にも日進駅がある関係で、マルス券等では、「(宗)日進」と表記します(川越線の方は「(川)日進」)。

Dscn7694_640

美深(びふか)駅に到着します(15時36分)。かつては日本一の赤字ローカル線で一時期有名になった美幸線が分岐していた駅です(昭和49年度の営業係数は3859、つまり計算上100円稼ぐのにかかる経費が3859円という金額でした)。

Dscn9805_640

豊清水(とよしみず)駅にまもなく到着です(15時53分45秒)。ここで上り列車を待ちます。運転停車のため、ドアは開きません(時刻表上も通過扱いになっています)。

Dscn9813_640

稚内からの臨時快速9462Dです。下り側が上り側を待避するダイヤになっています(上り列車は運転停車ではありません)。

Dscn9824_640

音威子府(おといねっぷ)駅2番線に到着します(16時08分45秒)。1番線に停車しているのは4331D(音威子府から4335D)です。4331Dから乗り換える乗客もいるようです(9461Dが快速であることもあるものと思われます)。

Dscn9845_640

佐久(さく)駅を通過します(16時31分45秒)。隣の筬島(おさしま)駅から18キロも離れています。これは国鉄時代から存在している在来線で、信号場を挟まない区間としては、最長の距離と思われます。

Dscn9857_640

天塩中川(てしおなかがわ)駅に到着です(16時39分15秒)。向こうに見えるのが4332Dです(キハ54単行)。こちらに向けて撮影している人が見えます。

Dscn9862_640

問寒別(といかんべつ)駅を通過します(16時52分45秒)。1面1線の無人駅ですが、東六線や日進と違って、簡易乗降場的な駅ではないようです。かつては列車交換可能な駅であったこともあるようです。

Dscn9864_640

名寄以北のかなりの区間で(下り列車に対して)車窓左側に見られるのが天塩川です。

Dscn7755_640

糠南(ぬかなん)-雄信内(おのっぷない)間にある下平トンネルです。宗谷本線は旭川-稚内間で259.4キロありますが、線内唯一のトンネルです。

Dscn9866_640

雄信内駅を通過します(16時59分30秒)。宗谷本線の名寄駅以北では高速化工事を行わなかったため1線スルー化されていません(Y字のように線路が分岐されています)。このため分岐器部分を通過する際には、徐行して通過します。

Dscn9870_640

幌延(ほろのべ)駅に到着します(17時13分45秒)。かつては羽幌線が分岐していましたが、昭和62年3月に廃止されました。

Dscn9875_640

幌延は北緯45度の町で、トナカイの里幌延町をPRしているようです。

Dscn9877_640

幌延駅は宗谷北線運輸営業所管内では数少ない駅員配置駅ですが、すでに営業時間外(15時50分で終了)のため、集改札は車掌が行っています(ワンマン列車の場合は運転手が行う関係で、後ろ側のドアは開閉しません)。

Dscn9884_640

豊富(とよとみ)駅に到着です(17時29分)。特急列車停車駅ですが無人駅です。時間帯によっては、幌延駅から派遣された社員が、乗車券の発売等を行うことがあるようです。

Dscn9889_640

豊富駅では、特急「スーパー宗谷4号」を待避します。

Dscn9896_640

兜沼(かぶとぬま)駅を通過します(17時45分)。すでに4336Dが待機しています。なお、4336Dは本来、兜沼駅で待ち合わせを行わないダイヤになっていましたが、9641Dの運転に伴い時刻変更が行われています。

Dscn9905_640

抜海(ばっかい)駅を通過します(17時58分)。日本最北の無人駅です(知名度はほとんどありませんが)。

Dscn9909_640

抜海駅通過後5分くらいすると、(下り列車に対し)進行方向左側に、いきなり海が見え、海の向こうに利尻富士をみることがあります(天気がいい場合に限り)。

Dscn9911_640

少し引いて、改めて撮影した画像です。下の方に道路(道道106号線)も見えます。この付近では運転士が気を利かせてか、徐行運転をしますので、比較的余裕で撮影できるようです。

Dscn9917_640

この付近は、すでに稚内市内のはずですが、人家が見えません。

Dscn9924_640

数分後に、ようやく南稚内駅に到着します(18時09分45秒)。

Dscn9933_640

南稚内駅で社員が車載器を回収します。なお、南稚内駅が日本最北の信号機のある駅になっています(稚内駅には出発信号機、場内信号機はありません)。

Dscn9936_640

南稚内駅を発車後、一瞬複線区間に入ったように見えますが、右側の線路はかつて稚内機関区と呼ばれた場所への回送線です。

Dscn9939_640

奥の方に見える倉に車両を収容して、整備等をおこなうようです。

Dscn9946_640

日本最北の踏切(大通り踏切、起点から258K758M)を越えると、稚内駅に到着します。

Dscn9949_640

稚内駅に到着します(18時14分45秒)。すでに2番線ホームには線路はありません。

Dscn9952_640

稚内駅到着直前の画像です。向こうに「日本最北端の駅」の碑が見えます。

Dscn9953_640

稚内駅には主な駅からの距離が出ています(旭川駅より259.4kmと見えます)。日本最北端稚内駅の表示も見えます。これは・・・

Dsc07191_640

かつて撮影した、稚内駅の駅舎の画像です。右側に見える「日本最北端稚内駅」と書かれた、木製の表示を移設したのでしょう。

Dscn9956_640

東京駅より1574.5kmの表示も見えます。

Dscn9962_640

枕崎駅より3126.1kmの表示が見えます。日本列島も北から南まで(鉄路でも)3000キロ以上あるということがわかります。なお、稚内と枕崎間で友好都市締結が行われたようです。

Dscn9966_640

改札通路側から見た「日本最北端の駅」表示と到着した9461Dです。このあと回9464Dとして、南稚内まで回送されます(稚内発車は18時22分)。

Dsc07175_640

かつての稚内駅のホームの画像です。ホームから改札を出るまでには、階段を降り、1番線の線路をまたぐ必要がありました。

Dscn9969_640

稚内駅の改札およびみどりの窓口です。改札からホームまでは、バリアフリー化のためもあり、傾斜の緩いスロープになっています。

Dscn9977_640

稚内駅駅舎と「日本最北端の線路」のモニュメントです。かつての稚内駅を知るものとしては、ずいぶんと印象が変わったような気がします。駅舎が新しくなったのに、何か寂しさが感じられます・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年9月 8日 (日)

アルピコ交通5000形・ED30形撮影会

本日、アルピコ交通上高地線新村駅構内新村車両所で、5000形電車およびED30形機関車の撮影会が行われました。

両車両とも、現役引退をしていますが、解体を免れたため、イベント時に展示が行われるようです。

Dscn9640_640

新村車両所最寄り駅の新村(にいむら)駅です。右側が現駅舎で、左側が昨年3月まで使用していた旧駅舎です。老朽化のために新駅舎にしたようです。なお、新村駅までは松本駅から運賃350円、所要時間は約14分です。

Dscn9631_640

電車撮影会会場です。入場料170円と書いてありますが、小学生以下および上高地線利用者は無料になります。上高地線利用者が無料で入場するためには、新村駅下車時に改札で配布された「乗車記念証」を呈示します。

Dscn9733_640

新村駅でいただいた「記念乗車証」です。外枠が緑色になっていますが、色違いのものもありました(写真は1種類のみです)。これを会場入口で呈示しました。

画像に出ている5000形は、昭和29~34年にかけて、東急車輌で製造された、東京急行電鉄の車両です。当初は東横線に配置されましたが、のちに新玉川線(当時)と池上線を除く鉄道線各線で運転され、昭和61年まで東急電鉄で運転されました。

Dscn9630_640

中では、食べ物も販売していましたが、天候が悪いためか、ほとんど購入者がいませんでした。

Dscn9625_640

お知らせが掲示してありました。グッズ販売もあるようです。

Dscn9624_640_2

この車両内でグッズ販売がありました。

Dscn9515_640

販売しているグッズの一例です。なお、アルピコ交通ばかりでなく、長野県内の私鉄各社のグッズも販売していました(長野電鉄・上田電鉄・しなの鉄道)。

Dscn9465_640

雨の降る中、撮影会が行われました。左がED30形機関車、右が5000形電車です。

Dscn9472_640

57運行、急行元住吉の表示で展示していました。東急東横線でかつて急行電車で使用されてきたこともあり、可能な限り再現しているようです。57運行の表示も当時を再現しているようです(当時の東横線の急行運用は51~60運行)。

Dscn9471_640

急行表示の下には全般検査を行った年月を表示しますが、25-8長津田工(平成25年8月長津田工場)の表示も東急電鉄時代を再現するために表示しているものと思われます(実際に先月長津田工場で検査を行ったとは思えません)。

Dscn9494_640

撮影場所はこのような感じで行われました。天候がよくなかったこともあり、混雑はしていませんでした。

Dscn9530_640_2

今度は二子玉川園の表示です。大井町線で運転していた時代には二子玉川園行きの5000系にかつては何度も乗車しました。大井町線ということもあり、運行番号も109と100番台にしています。

Dscn9539_640

今度は大井町の表示です。大井町線の5000系は昭和54年8月から数年間5両編成で運転していました。

Dscn9554_640

今度は自由が丘の表示です。かつては、大井町線の自由が丘始発終着電車は数本あり、自由が丘始発の大井町行きもありました。大井町線に、6000系・7000系6両編成を導入する際に、ホーム延長が必要になり、上下の渡り線を撤去して、下り側からのみ留置線からの出入庫という形になりました。現在は、自由が丘行きの営業電車はありませんが、回送で1本出入庫の運用があります(平日下りのみ営業運転)。

Dscn9560_640

今度は鷺沼の表示です。大井町線の電車は所属は長津田検車区ですが、大半の車両は鷺沼に留置する運用に現在でもなっています。5000系が大井町線で現役の時は、鷺沼行きは、最終電車など非常に本数が少なかったようです(回送列車であれば何本もありました)。

Dscn9498_640

さらにこのようなものもありました。急行、元町・中華街の表示です。もちろん5000系での運転はありません・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月 2日 (月)

郡山車両基地まつり2013

平成25年8月31日に、郡山総合車両センターで「郡山車両基地まつり2013」が開催されました。

Dscn9344_640

画像は「郡山車両基地まつり2013」のパンフレットです。毎年恒例の工場一般公開です。5年ぶりに行ってきました

Dscn8953_640

JR郡山駅西口で撮影した画像です。当日は、郡山駅から基地まつり会場まで「体験乗車号」が運転されました。運賃は無料ですが、ここで整理券の交付が必要になります。

Dscn8954_640

画像のようにプラカードも掲示されていました。

Dscn9349_640

画像が体験乗車の整理券です。

Dscn8965_640

在来線改札脇に専用のゲートが用意されていました。

Dscn8967_640

6番線に専用列車が待機していました。通常は磐越東線で使用されています。

Dscn8978_640

12時00分に体験列車が発車しました。なお、構内回送列車扱いのため、信号も入換信号機による信号現示になっています。

Dscn8987_640

入換信号機の拡大部分です。

Dscn8989_640

右側に構内留置の車両がいくつも見えます。

Dscn8992_640

構内回送と同様に最徐行で運転しています。

Dscn8995_640

「一旦停止」の手前で停止します。

Dscn8997_640

入換信号機の進行現示により、再度走行します。

Dscn9009_640

少し行くと、解体線のような線路および解体用の重機が見えます。

Dscn9010_640

14系寝台客車が見えます。おそらく廃車になるものと思われます。

Dscn9019_640

E531系(水カツK403編成)が見えます。

Dscn9022_640

この先の倉までが体験乗車区間です。

Dscn9026_640

まもなく体験乗車が終了になります。

Dscn9037_640

簡易プラットホームに「ようこそ車両基地まつりへ」と思われる表示が出ていました。

Dscn9046_640

到着直後の体験乗車号です。ヘッドマークがついていました。

Dscn9048_640

帰りの体験乗車号の乗車案内が表示されていました。

Dscn9050_640

展示されていた、キハ40549(昭和54年富士重工製造)です。

Dscn9055_640

モハE531-2(平成17年川崎重工製造)です。交直流電車らしい、ものものしい装備が見えます。このように本来ユニットで連結されている車両をバラで見ることができるのも、工場ならではの風景です。

Dscn9057_640

画像は、キサハ144-103(平成6年苗穂工場改造)です。もとはJR北海道の気動車(50系客車を改造)でしたが、JR東日本では今年度冬以降に運転予定の「SL銀河鉄道」の客車として使用するために、JR北海道から購入したもののうちの1両です。

JR東日本としては、SLに牽引される客車が不足していたことと、(JR北海道札沼線電化による気動車の余剰により)動力用エンジンを搭載している車両を導入することにより、補助機関車の連結が不要になるというメリットの両方の観点から、JR北海道の141系気動車を購入したものと思われます。

Dscn9058_640

札ナホ(JR北海道鉄道事業本部、苗穂運転所)の所属名と学園都市線(札沼線の愛称名)の表示が見えます。

Dscn9067_640

休憩車両として仙台車両センター(仙セン)P-10編成を使用していました。行き先表示が「花巻」になっていますが、この車両が花巻駅まで行くことは通常はありません。

Dscn9073_640

いろいろな行き先表示を出していたようで、「本宮」の表示も出していました(本宮駅発着の列車は存在しません)。

Dscn9082_640

今度は「快速郡山」の表示です。一見、珍しくもない表示ですが、磐越西線内で「快速郡山」の表示の列車を見ることはありますが、E721系の磐越西線での運用はありませんので、これもそのような意味では、珍しい表示と言うことになります。

Dscn9086_640

パンタグラフ検修ラインです。工場ならではの風景で、いくつもの種類のパンタグラフがありました。

Dscn9089_640

後方にE653系の中間車が見えます。E653系は常磐線からの定期運用から撤退後、一部が新潟車両センター(新ニイ)に転属し、特急「いなほ」の485系を置き換えることが正式にプレスされていますが、見た限りでは、改造中の車両は見えませんでした。そのほか、仙石線用205系なども見ることができました(外からのみ)。

Dscn9101_640

郡山総合車両センターの正門です。かつては、郡山工場と呼ばれていましたが、平成16年に現行の郡山総合車両センターという名称に変更されました。

帰りは、体験乗車号ではなく、臨時シャトルバスで帰りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年8月 | トップページ | 2013年10月 »